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2012年8月24日金曜日

8/14:えびの高原 3日目

翌朝、8:00に朝食を頂く。天候は昨日より良さそうで、韓国岳の山頂部分を拝むことができる。
3日目にして初めて、時より晴れ間の見える天候となった。
相談の結果、私とお兄ちゃんが硫黄山から韓国岳へ上り、妻と長女は、硫黄山と
えびの高原エコミュージアムへ向かうこととなった。
韓国岳は、1,700m程の標高で、結構高かい山だと思うが、上り始めは1,200mなので、
標高差500mと思い、頑張ることとする。
実際登ってみると、上り道ばかりなので、息が切れる。

























  


















































お兄ちゃんも途中でお疲れモードとなった。
がんばって、山頂へ到着。 結果60分の道程であった。
山頂からは、韓国岳の噴火口、右手には最近噴火した新燃岳が見える。
この韓国岳も7月15日から入山規制が解除になったばかりである。
新燃岳からは、噴煙が見える。直線距離にすれば、3kmほどではないだろうか?



























































































周りの方は、昼食を摂っておられるが、私たちは、妻が時間を余らせているはずなので
急いで下山しなければならない。
急いで下山していくものの、疲れは、足に蓄積しており、転びかけ、ついた指をくじく。
なんとか40分ほどでは下山。
当日見る限りは、親子3世代登山が多いよう見えた。九州の方は、元気なようだ。
韓国岳山頂への道筋は、迷う場面もなく、安定した道筋である。

帰りは、標高数はわずかであるが、硫黄畑跡がある硫黄山へ登る。
硫黄の採掘が1962年まで行われていたそうで、廃鉱跡が好きな私にとっては、
興味深い。個人的にネットで硫黄採掘から抽出?の工程を調べてみたが、見つからなかった。
硫黄畑の跡は、解るものの、どのように使用したかが、解らなかった。
お兄ちゃんは疲れて登りたくないと言われたのだが、ちょっと登るだけだからと
懇願し一緒に登ってもらう。
昭和5年とある墓石を拝まさせて頂く、この墓石のいわれなどは全くわからない。
だだ、多くの方の連名が刻んであるようである。












































































硫黄畑の周りの痕跡を写真に撮り、ホテルへ戻る。






















































時間がよく、昨日取りそびれた昼食をホテルのレストラン「あかまつ」で頂くこととする。
折角なので、宮崎地鶏の南蛮焼き、宮崎地鶏の蕎麦、宮崎地鶏の親子丼を頂く。
どれもとても美味しいものであった。蕎麦(暖かい蕎麦)の出汁は、鳥ガラの塩味でとても美味しい。
個人的には、日本中この蕎麦出汁でもいいかと思う。
ゆっくり食事をしながら、先程登った韓国岳を眺める。
そして、志布志港へ向かう。

帰り道、スコールを購入し志布志港へ向かう。















行く途中は、霧で周囲の様子が解らなかったが、天候がよくなり、帰り道では、周囲の様子も解る。
久住も良いところだと思うが、えびの高原、霧島高原もとても良いところだと思う。
特にえびの高原は、静かさ,涼しさは、格別である。

途中、霧島温泉や滝を見ながら、志布志港へ向かう。



























時間通り志布志へ到着するよう。スーパーで買い物をするため立ち寄る。
志布志駅が近くにあるので撮影。




























この先、国鉄民営化時に廃線となった路線があるようだが、自分の頭に、ほぼ記憶はない。
今では、1本/2時間程度の路線となっている。 いつか青春18切符で回って見たいものである。

当日はかなり暑く、わずか数日とはいえ、1200mの高原から来た者には、厳しい暑さである。

フェリーの乗船手続きを終え、乗船する。帰りの便でも紙テープ投げができるとのことで、
見学する。
印象的なのは、お別れのプラカード持った子供達である。
ああいうのを見ると船上の当のお別れのご本人を見たいのであるが、見つけられなかった。
ただ、無関係であるものの、もらい泣きされている御婦人がおられた。









































翌朝、大阪南港へ到着。暑い中、残念ながら帰宅の道へ。
また、がんばろう。

2012年8月21日火曜日

8/13:えびの高原荘 2日目

朝食後、ホテル近くを散策する。















ホテルから100mも離れていない所に鹿が3頭佇んでいる。
後日、えびの高原荘の公式ブログでは、母親鹿と3姉妹とのことである。
これ程簡単に鹿を見つけられたのは、奈良公園以来だと思う。




























キャンプ場の天候の影響かそれほど利用客は多くない。
お盆の繁忙期だと富士山辺りのキャンプ場だと、ぎっしりの詰め詰めだと思う。















朝食を頂き、天候は、なんとか雨が降っていない様子。
折角なので、近くを散策(トレッキング)することとする。
池巡りのコースがあり、我が家には、体力的、時間的にこのコースが適当と判断し歩くこととする。


コースは、自然の混合樹林のようで、人の手が入っていないようである。木々はとても美しい。
これで天候がよければ、いうことなしだが、致し方ない。




























コースを歩く人はいるものの、時折すれ違う程度で、繁忙期とは思えない人の少なさである。

30分程で2つの池:白紫池、六観音御池を見渡すことができる展望台に到着する。
カルデラ湖らしく、単純にコバルト色で湖面は静かである。


















ここから、池を回り込む形で白鳥山へお兄ちゃんと登る。
この山の標高は1360mとのことで、個人的には一瞬すごいと思うものの、
標高1200mから登っているので、さして登っていない。
ここから、3つ目:不動池に到着。ここの展望台には、神社があり、供え物がある。
案内板によると、村上天皇の時が事の発端とのこと。

この辺りでは、長女が疲れたらしく、しばらくの休憩する。
この周辺には、神社ができたころに植えられたと思われる樹齢500年の杉が
植わっている。とても立派な杉である。

しばらく歩くと赤松の自生地へ着く。
赤松というだけあって、幹が赤く、集団で自生しているのは珍しいとのことで
印象深い。
















宿へ戻るものの、私の遅れで宿のレストランの昼の営業時間を過ぎてしまい、
昼食をとりそこねる。売店でアイスクリームを食べ朝食とする。
わたしは、アイスの変わりにビールを飲んだ。


















時間もあるので、ゆっくりお風呂に浸かり、萎びる程サウナに入った。
近くの広場で、遊び、夕食を頂く。
連泊なので、昨日とメニューを変えて頂いた。
メニューは、豚しゃぶがメインであった。個人的には、このメニューの方が
好みかなあ。
豚しゃぶの付け合わせの、白菜やセリといった野菜は、茹でてもシャキシャキで
美味しい。







このあと、家族で露天風呂に入り、私だけの早く就寝。

2012年8月17日金曜日

8/12:えびの高原荘 宿泊

午前3時頃目が覚めたりしたが、再び眠りにつき、目が覚めると朝7時であった。 
 
 
 
 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オリンピック中継を見たりしていると志布志港へ入港着岸。

下船は、同乗者と一緒にできるとのことで、4Fから最低階の1Fへ階段へ下りる。
とにかく、自動車が詰め込みられている。
(といっても自動車運搬船ほどではないが・・・)

志布志港は初めてである。ここから目的地であるえびの高原へ向かう。
お兄ちゃんにナビを頼むとタブレットではなく、紙の地図を見て案内してくれる。
志布志港には、目的地案内の看板がすぐには無く、
自分を含め自分の臨県ナンバーの自動車が
立ち止まり地図を確認している。

しばらくすると都城への方向表示があったので、お兄ちゃんに確認して頂き、
都城へ向かう。
程なくすると都城市内を通過。イメージとしては最もこじんまりとした
歴史の街だったが、普通のおおきな街であった。

都城を抜け途中、関之尾滝を見物する。子供が少し疲れているようで、
滝壺まで見に行くことは出来なかった。
関之尾滝に隣接する道の駅で、実演販売している、地鶏の焼き物、じゃこ天を購入する。
じゃこ天は、四国で食べたものよりかまぼこに近い感じで、くせは少ない感じ。
 
 妻から聞くと、この道の駅には、スコールのマンゴー味が
販売されていたとのこと。スコールといえば、先月阿部礼二で、
阿部礼二、シーマ耕作が賛同していたように、
炭酸の乳酸飲料の草分け。子供のころ炭酸飲料を買ってもらえなかった自分に
とっては夢の味の飲み物である。
確か、小学校のころ、児童会の仕事をしたときに先生から、
近くの駄菓子屋でジュースを買って頂いた。
その時、自分はスコールにしてもらった。
スコールはいつも通り美味しく。飲む度に、飲む量に応じて減っていく
スコールを瓶の横から残量を確認しながら飲んでいた。
先生はその姿を目敏く?見つけ、
「**君は、瓶を振ってスコールを増やして飲んでいる」と言われた。
個人的な、恥ずかしいような懐かしい思いである。
(その後、児童会の役員でありながら掃除をサボり、
その先生にビンタされて泣いたのは、
 先生と私だけの秘密のはずである。)

今の人には解らないであろうが、スコール話で脱線したが、
当時の「愛のスコール」のCMに
も懐かしさ百倍である。子供心に、わたしは、「スコールって宮崎の飲料だ」
とウンチクを語ったわたしである。
宮崎に来たなら、スコールは何としても飲まねばならないと誓う。
個人的には、阿部礼二、シーマ耕作も自分と同じ様なスコール思い出があったのは、
嬉しいかぎりである。(宮崎でTVを見るかぎり、愛のスコールCMを見ることが
出来ないのは非常に残念である。)

えびの高原へ向かうにつれ、雨、霧がひどくなる。時折、徐行しないと危険を
感じるほどの霧は生まれて初めてである。
しかも、お昼だというのに、夕暮れ時ぐらい薄暗い。
天候を考慮し、当日は、宿泊先である「えびの高原荘」へ向かう。
途中、霧の影響もあり、行き過ぎたりしたものの、えびの高原そうへ到着するよう。
雨は降り続いているが、涼しくさわやかである。想像通りの場所で安堵する。

チェックインの時間までロビーで待たせていただく間、風呂に入らせて頂く。
お湯は、硫黄分よりも赤錆分の多いような温泉である。
それはそれで、至福の時間である。 

 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

















 
 
 
 
 

 
 
 


















天候は、改善せず、霧の中である。
久しぶりに2時間程、サウナに入ったりして、夕食を頂く。


















 夕食後、天候がよければ、ペルセウス座流星群を観察する予定であったが、
このような霧の中であった。
但し、夜の霧の雰囲気はよかった。 しばらく、雰囲気を楽しみ、就寝。